愛する妻やまだ見ぬ娘に会うまでは決して死ねないと命に執着していた宮部が、なぜ特攻隊員として命を落としたのか…健太郎も慶子もその真実を知りたいと、当時の宮部を知る人物に面会していく。そしてついに特攻へ向かう当日の宮部を援護する直掩隊だった景浦介山に話を聞けることに。宮部を「殺したいほどの相手だった」という景浦は、自分と宮部の間であった出来事を語った…。 昭和18年、秋。ラバウルで景浦は宮部に模擬空戦を申し出、受けた宮部を撃ってしまう。しかし景浦の攻撃をかわした宮部はこの模擬空戦のことは誰にも話すなと忠告、景浦の中に強い劣等感と怒りを残す出来事となった。 その2年後、昭和20年夏に景浦が鹿屋基地に転属になると、人相がすっかり変わった宮部に再会するが、その翌朝、直掩隊を命じられた景浦は出撃する特攻隊員の中に宮部がいると知りがく然とする…。さまざまな思いが交錯したものの、自分の命に代えても宮部を守ろうと思った景浦だったが、直掩機は故障し、最期の宮部の姿は確認できなかったと言う…。 数日後、慶子と健太郎は宮部が特攻隊として飛び立った最期の土地・鹿児島へ向かっていた。鹿屋基地で通信員をしていた村田保彦に会うためだ。2人は村田に会う前に鹿屋航空基地に隣接された資料館を訪れ、零戦展示フロアに立ち寄る。現在は旅館を経営している村田は2人に客室を案内しつつ、特攻隊員がいかにして自分の戦果を伝えたかを説明。そして、直掩として援護につきながらも、多くの若い特攻隊員が散っていくのを見た宮部が、酒に酔いながら「自分の命は彼らの犠牲の上にある」と焦燥していたと語る。その頃から宮部は無精ひげを生やし、頬がこけ、目だけがギラギラと光って人相が変わっていったという。 自分より若い人がどんどん死んでいくのを近くで見ていた祖父は、自分一人生き延びることはできないと特攻に志願したのだ。健太郎はそう納得しかけるが、慶子はあれほどまでに生きて帰ろうとしていた宮部がそんなことをするはずがないと反論。2人の言い分を静かに聞いていた村田は「宮部さんが、特攻に行った日の話をしましょう」と語りはじめる…。そこで語られる宮部久蔵、特攻へ飛び立った最期の日の真実―――。 そして「命の電信」が伝えたもの―――。